サロメ・ズラビシュヴィリ
სალომე ზურაბიშვილი
Zourabichvili Shaking Hands with Steinmeier (cropped).jpg
2019年
第5代 ジョージア大統領
就任
2018年12月16日
首相 マムカ・バフタゼ
前任者 ギオルギ・マルグヴェラシヴィリ
ジョージア外務相
任期
2004年3月20日 – 2005年10月18日
大統領 ミヘイル・サアカシュヴィリ
前任者 テド・ジャパリゼ
後任者 ゲラ・ベジュアシヴィリ
個人情報
生誕 (1952-03-18) 1952年3月18日(67歳)
フランスパリ
国籍 ジョージア
政党 ジョージアの道(2006年 – 2011年)[1]
無所属(2011年 – )
配偶者
  • ニコラス・ゴルジェスターニー (m. 1981; div. 1992)
  • ジャンリ・カシア (m. 1993; d. 2012)
子供 2人
住居 ジョージアトビリシ
教育 パリ政治学院
コロンビア大学
署名

サロメ・ズラビシュヴィリグルジア語: სალომე ზურაბიშვილი、Salome Zurabishvili[nb 1]1952年3月18日 - )は、ジョージアの政治家。現大統領(第5代、2018年 - )。ジョージア初の女性大統領で[nb 2]、任期は6年である。2024年の憲法改正で、国家元首の選出方法が選挙人団による間接選挙に変更されるため、ズラビシュヴィリは直接選挙で選出される最後の大統領となる予定である。

ジョージア系移民の子として、パリに生まれる。1970年代にフランス外務省に入省し、外交官として高位の役職を歴任する。2004年にフランスとジョージアのあいだで協定が成立したのを機にジョージア国籍を取得し、ジョージアの外相に就任。外相在任中は交渉によってジョージア本土からロシア軍を撤退させたほか、国際連合安全保障理事会イラン制裁委員会専門家会合の調整役も務めた[2]

その後、大統領のミヘイル・サアカシュヴィリと訣別し、2006年に「ジョージアの道」という政党を設立、2010年まで率いた。2016年の国会議員選挙に無所属で立候補し、当選。2018年の大統領選にも無所属で立候補したが、このときは与党の「グルジアの夢=民主グルジア」から支援を受けた。大統領選では決選投票でグリゴル・ヴァシャゼを破り、当選した。

経歴

生い立ち

亡命ジョージア人一家のもとに、パリで生まれる。父のレヴァン(1906年 - 1975年)は機械工で、パリのジョージア人ディアスポラのまとめ役であった。曽祖父のニコ・ニコラゼは19世紀後期のジョージアで有名な社会民主主義者で、リベラルな知識人グループ「メオレ・ダシ」に所属していた[3]。母のゼイナブ・ケディア(1921年 - 2016年)は、グルジア民主共和国初代首相ノエ・ラミシヴィリの親戚にあたる[4]。いとこに高名な歴史学者で、アカデミー・フランセーズ会員のエレーヌ・カレール=ダンコースがいる。サロメ自身には、オタルという兄弟がひとりいる[4]

フランス外務省時代

2004年6月

パリ政治学院などのフランスを代表する教育機関で学んだ後、ニューヨークコロンビア大学修士課程に進学、ズビグニュー・ブレジンスキーなどから講義を受けた。1974年に退学し、フランス外務省に入省。ローマ国際連合ブリュッセルワシントンD.C.などに駐在した。ワシントンのフランス大使館に勤務していた1986年、休暇を利用して初めてジョージアを訪れた。

2001年から2003年まで国防総局国際戦略問題部長を務めた後[5]、2003年に駐ジョージア大使に任命された。

外相時代

2004年、米国国務長官コリン・パウエル

2004年、ズラビシュヴィリは大統領のミヘイル・サアカシュヴィリから外相に指名され、3月18日に任官した[6]。ジョージアの外相に女性が就任したのは初めてであった。外相として、ズラビシュヴィリはジョージア国内からロシアの軍事基地を撤収させるための交渉に従事し、2005年5月19日にロシアの外相セルゲイ・ラブロフと協定を締結した[7]。また、北大西洋条約機構 (NATO) への接近や欧州への統合を図るため、ウクライナリトアニアラトビアエストニアルーマニアブルガリアチェコポーランドなどと「新ジョージア友好国グループ」 (New Group of Friends of Georgia) という枠組みを立ち上げた。

しかし、国会議員との争いが続いたため、2005年10月19日に首相のズラブ・ノガイデリから外相を更迭された[8]。ジョージアの大使の多くもズラビシュヴィリを痛烈に批判した。また、更迭が発表される直前、ズラビシュヴィリはフランス外務省を退職し、ジョージアで政界に入ると表明した。外相就任後も、ズラビシュヴィリはフランス外務省から給与を支給されていた。

政界へ

2009年、野党指導者のゴガ・ハインドラヴァと

2005年11月、ズラビシュヴィリは「サロメ・ズラビシュヴィリ運動」という政治組織を立ち上げた。2006年1月にはジョージアの「事実上の一党独裁」を批判して、新党「ジョージアの道」を結成した[9]。ズラビシュヴィリの名前はジョージアでそれなりに知られていたが、政治の舞台で基盤をつくるには時間がかかった。2006年10月5日のトビリシ市議会選挙で、同党の得票率は2.77%に留まった。その6か月前には、ジョージアの週刊誌が世論調査の結果をもとに、ズラビシュヴィリの大統領選での得票率を23.1%と予測した。ジョージアの道は、2007年10月に野党統一連合に入った。野党連合は2008年1月の大統領選にレヴァン・ガチェチラゼ候補を出していたが、その首相候補にはズラビシュヴィリを推薦した。

2009年にサアカシュヴィリの大統領退陣を求める声が野党内で高まった際には、ニノ・ブルジャナゼやダヴィド・ガンクレリゼ、エカ・ベゼリアといった野党の重鎮らとともに、トビリシで抗議デモを行った[10]

2010年11月12日、ジョージアの道の党首から退くことを表明した。新たな党首にはカハ・セトゥリゼが就任した[11]。それから2年間、政界から退いていたが、2013年の大統領選挙ではジョージアの夢への支持を公にした[12]。ズラビシュヴィリもこの大統領選への立候補を届け出ていたが、フランスとの二重国籍であることを理由に中央選挙管理委員会から却下された[13]

2016年の国会議員選挙では、トビシリのムタツミンダ地区から無所属で立候補し、当選した[14]

大統領時代

2018年8月、ズラビシュヴィリはジョージア大統領選への立候補を表明した。公式には無所属であったが、選挙運動ではジョージアの夢から大きな支援を受けた[15]。主要な対抗馬は、サアカシュヴィリが後援するグリゴル・ヴァシャゼであった[6]。選挙戦は国際的には自由なものと評価されたが、「一方の陣営が不当なアドバンテージを享受していた上、双方のネガティブキャンペーンが選挙の流れに悪影響を及ぼした」とも指摘された[16]

第一回投票で、ズラビシュヴィリは38.7%を得票したが、ヴァシャゼとの得票率差がわずか1%だったため、決選投票が実施されることとなった[17]。その第二回投票ではズラビシュヴィリが勝利し、2018年12月16日にテラヴィで行われた宣誓式で大統領に就任した[18]

宣誓式と同じ日、ジョージアでは大統領の権限を縮小し、国会や首相府に移管する新たな憲法が施行された。しかし、ズラビシュヴィリは就任以降、初代大統領ズヴィアド・ガムサフルディアが1993年に急死した件で新たに捜査を開始するなど、いくつかの重要な決定を下した。

ズラビシュヴィリは大統領選で、サアカシュヴィリ政権時代の2009年に完成したアブラバリ大統領官邸からは通勤しないと公言していた。選挙後も、前大統領のギオルギ・マルグヴェラシヴィリと面会するためアブラバリ邸を訪れることはあったものの、官邸機能はトビリシ中心部のアトネリ街にあるオルベリアニ邸に移った[19]。オルベニアリ邸には2018年12月18日に初めて訪れたが、メディアでは徒歩で入る姿が大きく取り上げられた[20]

小規模な官邸への引っ越しとともに、新政権は大幅な歳出削減も断行した。2019年度予算では、大統領府関係費は350万ラリあまりにまで圧縮された。その結果、大統領府の職員はわずか60名を残して全員解雇された[21]

ズラビシュヴィリはまた、奨学金や教育プログラムなどを提供する大統領基金も廃止した。この決定は、基金存続を唱えていたマルグヴェラシヴィリやマカ・チチュアから批判された[22]

思想

2008年の大統領選で、ズラビシュヴィリは他の野党政治家の多くと同様に、ジョージア正教会総主教イリヤ2世の提唱する、バグラティオニ朝のもとでの立憲君主制への政体移行を支持していた[23]

人物

夫はジャーナリストのジャンリ・カシア(1939年 - 2012年)で、ケテヴァンとティムラズの二子がいる。ジョージア語とフランス語に加えて英語も堪能で、イタリア語も日常会話レベルなら使える。

著作

  • Salomé Zourabichvili (2006). Une femme pour deux pays. Grasset, 2-246-69561-9
  • Salomé Zourabichvili (2007). Fermer Yalta, Cahiers de Chaillot, Institut de sécurité de l'Union européenne
  • Salomé Zourabichvili (2008). Les cicatrices des Nations : L'Europe malade de ses frontières. Bourin, 978-2-84941-075-2
  • Salomé Zourabichvili (2009). La tragédie géorgienne. Grasset
  • Salomé Zourabichvili (2011). l'exigence démocratique. Bourin éditeur

脚注

注釈

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  1. ^ フランス語では Salomé Zourabichvili と表記される。
  2. ^ 大統領代行も含めれば、ニノ・ブルジャナゼが国会議長として、2度短期間務めたことがある。

出典

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  1. ^ Presidential Candidate Apologizes for Unethical Address to Reporters”. Georgia Today on the Web. 2019年6月9日閲覧。
  2. ^ Biographical dictionary
  3. ^ Mchedlishvili, David A. (2012年). “ლევან ზურაბიშვილი (Levan Zurabishvili)” (Georgian). National Parliamentary Library of Georgia. 2018年12月9日閲覧。
  4. ^ a b პირველი ქართული ემიგრაციის წარმომადგენელი ზეინაბ კედია გარდაიცვალა (Zeinab Kedia, the first Georgian emigration representative, died)” (Georgian). Newposts.ge (2016年2月20日). 2018年12月9日閲覧。
  5. ^ Alexander Mikaberidze (6 February 2015). Historical Dictionary of Georgia. Rowman & Littlefield Publishers. pp. 695–. ISBN 978-1-4422-4146-6. https://books.google.com/books?id=JNNQCgAAQBAJ&pg=PA695. 
  6. ^ a b Henry Foy (25 October 2018), Frenchwoman frontrunner to become Georgia’s next president Financial Times.
  7. ^ A Georgian victory as Russia will quit 2 bases New York Times, 31 May 2005.
  8. ^ Georgia, Civil. “Civil.Ge - Foreign Minister Zourabichvili Sacked”. www.civil.ge. 2019年6月9日閲覧。
  9. ^ Quentin Peel and Isabel Gorst (31 October 2007), Liberal laboratory at Russia’s door Financial Times.
  10. ^ Georgian Opposition Mulls More Radical Forms Of Protest Radio Free Europe/Radio Liberty, 27 May 2009.
  11. ^ The Messenger - Opposition Leader takes UN Security Council job”. www.messenger.com.ge. 2019年6月9日閲覧。
  12. ^ Former Georgian Foreign Minister Zurabishvili Endorses Saakashvili Rival Radio Free Europe/Radio Liberty, 12 July 2012.
  13. ^ Georgia Election Board Rejects Former Foreign Minister Radio Free Europe/Radio Liberty, 3 September 2013.
  14. ^ Liz Fuller (1 November 2016), Will Georgia's Ruling Party Use Super-Majority For Common Good Or To Further Own Interests? Radio Free Europe/Radio Liberty, 3 September 2013.
  15. ^ Georgian Dream to support Salome Zurabishvili in 2018 presidential elections”. 1TV. 2019年6月9日閲覧。
  16. ^ “Georgia's First Woman President Sworn In Amid Opposition Protests” (英語). Radio Free Europe/Radio Liberty. (2018年12月17日). https://www.rferl.org/a/georgia-s-first-woman-president-sworn-into-office/29659171.html?ltflags=mailer 2019年1月6日閲覧。 
  17. ^ Margarita Antidze (28 October 2018), Georgia presidential vote heads for runoff in setback for ruling party Reuters.
  18. ^ Salome Zurabishvili confirms that inauguration will be held in Telavi”. Interpressnews.ge (2018年12月5日). 2018年12月9日閲覧。
  19. ^ Where Will Georgia's New President Live?”. Georgiatoday.ge (2018年11月29日). 2018年12月26日閲覧。
  20. ^ Salome Zurabishvili arrives at Atoneli Presidential Palace”. 1tv.ge (2018年12月18日). 2018年12月26日閲覧。
  21. ^ New Georgian president will have less funding: details on the inauguration and new residence”. jam-news.net (2018年12月4日). 2018年12月26日閲覧。
  22. ^ Margvelashvili Calls on Gov't Not to Abolish Presidential Fund”. Georgiatoday.ge (2018年12月10日). 2018年12月26日閲覧。
  23. ^ Civil Georgia (2007年10月8日). “Civil.Ge - Politicians Comment on Constitutional Monarchy Proposal”. www.civil.ge. 2019年6月9日閲覧。

外部リンク

公職
先代:
テド・ジャパリゼ
ジョージアの外相
2004年 – 2005年
次代:
ゲラ・ベジュアシヴィリ
先代:
ギオルギ・マルグヴェラシヴィリ
ジョージアの大統領
2018年 – 現職
現職
Original: Original:

https://ja.wikipedia.org/wiki/サロメ・ズラビシュヴィリ