株式会社東京証券取引所
Tokyo Stock Exchange, Inc.
Tokyo Stock Exchange Main Building (1988).jpg
東京証券取引所ビル
種類 株式会社
略称 東証
本社所在地 日本の旗 日本
103-8220
東京都中央区日本橋兜町2-1[1]
北緯35度40分57.6秒 東経139度46分43.71秒 / 北緯35.682667度 東経139.7788083度 / 35.682667; 139.7788083座標: 北緯35度40分57.6秒 東経139度46分43.71秒 / 北緯35.682667度 東経139.7788083度 / 35.682667; 139.7788083
設立 1949年4月1日[1]
業種 その他金融業
法人番号 9010001076468
金融機関コード 0906
事業内容 (1)有価証券の売買を行うための市場施設の提供、相場の公表及び有価証券の売買の公正の確保その他の取引所金融商品市場の開設に係る業務、(2)金融商品の取引(取引所金融商品市場における取引を除く。)の当事者を識別するための番号を指定する業務、(3)前2号に附帯する業務
代表者 宮原幸一郎代表取締役社長[1]
資本金 115億円(2015年3月31日現在)[2]
発行済株式総数 230万株
(2015年6月16日現在)[1]
売上高 736億28百万円
(2015年3月期)[2]
営業利益 385億35百万円
(2015年3月期)[2]
経常利益 388億2百万円
(2015年3月期)[2]
純利益 247億73百万円
(2015年3月期)[2]
純資産 1,101億62百万円
(2015年3月末現在)[2]
総資産 1,339億30百万円
(2015年3月末現在)[2]
従業員数 408名(2016年3月31日現在)
決算期 3月末
主要株主 株式会社日本取引所グループ
主要子会社 株式会社東証システムサービス
関係する人物 森永貞一郎谷村裕竹内道雄長岡實山口光秀土田正顕
外部リンク 日本取引所グループ
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株式会社東京証券取引所(とうきょう しょうけんとりひきじょ、英語: Tokyo Stock Exchange, Inc.)は、株式会社日本取引所グループ子会社で、日本最大の金融商品取引所である。略称は東証(とうしょう)。

概説

日本取引所グループのうち、企業株式を中心とする有価証券が売買される現物市場を受け持つ[3]

日本初の公的な証券取引機関である東京株式取引所を前身に、1949年4月1日に証券業者(後の証券会社、現在の金融商品取引業者)を会員とする東京証券取引所として設立。2001年11月1日に組織変更し、株式会社東京証券取引所となった。設立以来、大阪証券取引所及び名古屋証券取引所と共に「三市場」と称され、日本を代表する金融商品取引所として日本経済の成長に貢献してきた。米国ニューヨーク証券取引所、英国ロンドン証券取引所とともに「世界三大市場」とされる。

太平洋戦争前の東京株式取引所時代からあった、証拠金取引であり受渡し又は差金決済の短期清算取引は全面的に廃止された。長期清算取引(先物取引)は清算取引として残されたが、この清算取引も戦後、取引所再開の時に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって否定され、以後何回となく業者からの要求があったにもかかわらず、復活されなかった。この結果、戦前は「一夜成金、一夜乞食」とまで言われた証拠金取引且つ差金決済中心の投機色の強い市場の性格は変わった。

市場の関係

株式市場として、上場基準の異なる市場第一部(東証一部)及び市場第二部(東証二部)並びに新興企業向けのマザーズ、及び2013年7月16日に行われた現物市場統合によって大阪証券取引所より移管されたジャスダックがある。この他に公社債市場が開かれている。

東証自体の収益拡大と日本の資本市場発展という目的から、国内外企業の新規株式公開(IPO)誘致に取り組んでいる。地方のIPO候補企業を発掘するため、北海道から九州まで全国の地方銀行とも連携している[4]。一方で、経営破綻などにより企業へ上場廃止などの措置を行うこともある(後述)。

株券売買立会場1999年4月30日に閉場され、跡地は東証Arrowsとして2000年5月9日にオープンしている。

2015年の店頭取引を含む株式売買代金は日本全国合計で746兆1770億円、うち東証が745兆9550億円に上り、99.97%超を占める[5]

大証との経営統合については、

株券等売買システム(以前は株式売買システム、CB売買システムに分かれていた)、相場報道システムなど、複数のシステムを保有。売買システムは富士通が開発と保守を担っている。(過去存在した、先物オプション(デリバティブ)売買システムは、東証が市場開設していた市場デリバティブ取引について大阪取引所に一本化されたため東証では保有していない)

1982年〜2009年

1982年1月23日、市場第二部の33銘柄に対して日立[6]のコンピューターの売買システムを導入[7]1985年に立会場銘柄を除く全銘柄に拡大[7]。取引の少ない銘柄から順次コンピューター対応を進めていった。

1994年2009年までは日立や富士通のメインフレームが使われていた[8]1999年4月30日に立会場が閉場し、取引は全てシステム化された[9]

2005年に相次いで発生したシステム障害により揺らいだ信頼を回復するため、次世代システムを2008年に完成させる予定であった。ところが、ライブドア・ショックで取引数がシステムの能力を超え兼ねない事態となって取引停止に追い込まれたこともあり、計画を前倒しさせることとなった。この新システムは地方証券取引所にも開放し、全国の取引所のシステム統一を目指す。障害時のバックアップを強化し、処理スピードの高速化により急増する取引にも対応できるようにする。

arrowhead

2010年1月4日に新たな株式売買システムサーバarrowhead(アローヘッド)」が稼動した。基幹IAサーバは富士通「FUJITSU Server PRIMEQUEST」、Red Hat Enterprise LinuxベースのOS[10]、ミドルウエアは新開発のオンメモリデータベース「FUJITSU Software Primesoft Server」。売買注文1件あたり2〜3秒から5ミリ秒程度に短縮され[11]、2010年1月の実績処理速度は平均2ミリ秒[12]、2015年のリニューアル前の段階で1ミリ秒[13]人間の目視や反応時間を超える処理速度は、機関投資家デイトレーダーの行動に影響も懸念される[14]

2015年9月24日に arrowhead がリニューアルし、注文応答時間は0.5ミリ秒[13]になった。サーバー間は InfiniBand で接続し、FUJITSU Software Primesoft Server にてメモリ上のデータの同期を行っている。データベースはフラッシュストレージによる FUJITSU Integrated System PRIMEFLEX for HA Database になった。OS は Red Hat Enterprise LinuxMicrosoft Windows Server

注文件数の最大処理能力

1日当りの最大処理能力はシステムのリニューアルの度に以下のように増やしているが、能力限度が近い場合は取引が停止される。