はこだてし
函館市
Hakodate montage.jpg
Flag of Hakodate, Hokkaido.svg Symbol of Hakodate, Hokkaido.svg
函館市旗1968年昭和43年)6月11日制定) 函館市章1935年(昭和10年)7月13日制定)
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 渡島総合振興局
団体コード 01202-5
法人番号 9000020012025
面積 677.86km2
総人口 259,631[編集]
住民基本台帳人口、2018年9月30日)
人口密度 383人/km2
隣接自治体 北斗市
亀田郡七飯町茅部郡鹿部町
(海上を隔てて隣接)
青森県下北郡大間町
市の木 おんこ(いちい
市の花 つつじ(やまつつじ)
他のシンボル 市の鳥:ヤマガラ
市の魚:イカ
函館市役所
市長 工藤寿樹
所在地 040-8666
北海道函館市東雲町4番13号
北緯41度46分7.2秒東経140度43分44.1秒座標: 北緯41度46分7.2秒 東経140度43分44.1秒
函館市役所
外部リンク 函館市公式サイト

日本地域区画地図補助 01330.svg

函館市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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五稜郭タワーから眺めた函館市街地と函館山(2008年5月)

函館市(はこだてし)は、北海道にあるである。渡島総合振興局所在地。札幌市旭川市に次ぐ北海道第三の人口約26万人を有する中核市

概要

函館市は北海道南端の渡島半島南東部に位置し、天然の良港である函館港によって北海道と本州を結ぶ交通結節点道南地域の中心都市として発展してきた[1]

毎年500万人近い観光客が訪れる観光都市となっており[2]、市町村の魅力度ランキング調査で1位にランクインする都市になっている [3]。フランスのタイヤメーカー、ミシュランが発行する旅行ガイド『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』では一つ星以上の星が付いている観光地が函館市内に20以上ある[4]。本市を中心とする函館都市圏は観光業の他に、水産業や食品関連産業、医療福祉を主要産業としてきたが[5]、一方で人口減少が著しく[6]2014年平成26年)4月1日から市域のすべてが「過疎地域」に指定されている[7][8]

地名の由来

室町時代享徳3年(1454年)、津軽の豪族河野政通が函館山の北斜面にあたる宇須岸(ウスケシ、アイヌ語で「湾の端」という意味)に館を築き、形が箱に似ていることから「箱館」と呼ばれるようになった[9][10]。このほか、アイヌ語の「ハチャシ[11]」(浅い・砦)に由来する説もある[10]

明治2年(1869年)に蝦夷地北海道となり箱館も「函館」と改称された[9]。ただし、箱館を函館と改めた時期について『函館市史』では、1876年(明治9年)に至っても太政官日誌が箱館と函館を混用しているので、明治2年(1869年)に改名したとの説は論外であるとしている[12]

地理

上空から眺めた函館市街(2012年6月)

地勢

市街地陸繋島となった函館山(臥牛山)から函館平野や亀田半島に繋がる砂州にあり、函館港は形が状になっていることから別名「巴の港」とも言われ、市章に採用している[9]。東部地域は恵山道立自然公園になっている[13]

気候

函館市
雨温図説明
123456789101112
 
 
77
 
1
-6
 
 
59
 
2
-6
 
 
59
 
5
-3
 
 
70
 
12
3
 
 
84
 
17
8
 
 
73
 
20
12
 
 
130
 
23
17
 
 
154
 
26
19
 
 
153
 
23
14
 
 
100
 
17
7
 
 
108
 
10
1
 
 
85
 
3
-4
気温(°C
総降水量(mm)
出典:[1]

津軽海峡太平洋内浦湾(噴火湾)の3つの海に囲まれ対馬海流(暖流)の影響を受けるため海洋性気候となり、北海道内では比較的降雪量が少なく穏やかな気候となっている[9]ケッペンの気候区分では、1961年昭和35年)から1990年(平成2年)までの平年値(2000年3月まで使用された区分)では最寒月(1月)の平均気温が-3.4、最暖月(8月)の平均気温が21.6℃となり、亜寒帯湿潤気候(Dfb)に分類されていた。しかし、1971年 - 2000年の平年値では最寒月(1月)の平均気温が-2.9℃、最暖月(8月)の平均気温が21.7℃となり、西岸海洋性気候(Cfb)に変化した。さらに、2011年からの現行の平年値(1981年 - 2010年)では最寒月(1月)の平均気温が-2.6℃、最暖月(8月)の平均気温が22.0℃となり、温暖湿潤気候(Cfa)に分類されている。

函館の気象は3月には日本海低気圧が発生し、春の嵐となることがある[14]。4月から5月は大陸からの移動性高気圧による影響により乾燥した空気が上空を覆うようになるが[14]、日本海を北上または東進する低気圧の影響により天気は周期的に変化する[14]。6月の本州における梅雨期には、オホーツク海高気圧が停滞することがあり[14]、低温多湿な東風が吹いてくるとが立ち込めて気温も低く湿った日が続く[14]。本州の梅雨明け時期には、北上して生きた梅雨前線により豪雨となることがあるが[14]、7月から8月にかけて北太平洋高気圧(太平洋高気圧)が発達して夏型の気圧配置となる[14]。9月になると春季と同様に天気が周期的に変化し[14]台風が最も接近しやすい時期となる[14]。10月になると清涼な気候となり、例年は中旬頃に結氷が見られるようになる[14]。11月から12月にかけては降雪が多くなるが、積雪量は少ない[14]。北西の季節風が強まると気温が下がって吹雪になることがあるが[14]、函館は渡島半島南部の北海道駒ヶ岳から大千軒岳に至る山系が北西の季節風を遮るため、降雪量は多くない[14]。積雪は例年1月から2月にかけて最大となるが、平年値で1月が35センチメートル (cm) 、2月が41 cmである[14]

函館( 函館海洋気象台・1981 - 2010年平均)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 12.5
(54.5)
13.6
(56.5)
16.9
(62.4)
22.4
(72.3)
27.1
(80.8)
29.1
(84.4)
32.6
(90.7)
33.6
(92.5)
32.6
(90.7)
26.6
(79.9)
20.7
(69.3)
16.3
(61.3)
33.6
(92.5)
平均最高気温 °C (°F) 0.7
(33.3)
1.5
(34.7)
5.3
(41.5)
11.8
(53.2)
16.5
(61.7)
19.9
(67.8)
23.4
(74.1)
25.8
(78.4)
22.7
(72.9)
16.8
(62.2)
9.7
(49.5)
3.3
(37.9)
13.12
(55.6)
日平均気温 °C (°F) −2.6
(27.3)
−2.1
(28.2)
1.4
(34.5)
7.2
(45)
11.9
(53.4)
15.8
(60.4)
19.7
(67.5)
22.0
(71.6)
18.3
(64.9)
12.2
(54)
5.7
(42.3)
0.0
(32)
9.1
(48.4)
平均最低気温 °C (°F) −6.2
(20.8)
−5.9
(21.4)
−2.6
(27.3)
2.6
(36.7)
7.5
(45.5)
12.1
(53.8)
16.6
(61.9)
18.7
(65.7)
14.1
(57.4)
7.4
(45.3)
1.4
(34.5)
−3.5
(25.7)
5.18
(41.33)
最低気温記録 °C (°F) −19.0
(−2.2)
−19.4
(−2.9)
−18.9
(−2)
−8.0
(17.6)
−1.7
(28.9)
2.4
(36.3)
6.8
(44.2)
9.0
(48.2)
1.9
(35.4)
−2.7
(27.1)
−9.7
(14.5)
−16.7
(1.9)
−19.4
(−2.9)
降水量 mm (inch) 77.2
(3.039)
59.3
(2.335)
59.3
(2.335)
70.1
(2.76)
83.6
(3.291)
72.9
(2.87)
130.3
(5.13)
153.8
(6.055)
152.5
(6.004)
100.0
(3.937)
108.2
(4.26)
84.7
(3.335)
1,151.9
(45.351)
降雪量 cm (inch) 118
(46.5)
90
(35.4)
53
(20.9)
4
(1.6)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
27
(10.6)
86
(33.9)
378
(148.9)
平均月間日照時間 103.4 119.3 157.6 187.7 193.5 173.3 135.6 149.5 158.1 167.5 109.7 92.9 1,748
出典: 気象庁[15]

人口

北海道内では札幌市旭川市に次ぐ人口規模となっている。かつては北海道最大の人口を有しており[16]1914年大正3年)に人口10万人を超え[17]1922年(大正11年)に市制施行(札幌区、小樽区、函館区、旭川区、室蘭区、釧路区が一斉に市制施行)、1933年昭和8年)には日本国内第9位となる人口規模(21.7万人)になっていた[17]。しかしその後、1940年(昭和15年)の国勢調査で札幌市の人口が函館市の人口を超え[16]1965年(昭和40年)までに旭川市の人口が函館市を超えた[16]1973年(昭和48年)に隣接する亀田市を編入合併し、この年から人口30万人台となっていた[18]が、北洋漁業の衰退や青函連絡船の廃止により人口が減り[19]1995年平成7年)に人口が30万人を切った[18]2004年(平成16年)12月1日過疎地域自立促進特別措置法の指定を受けていた戸井町恵山町椴法華村南茅部町と合併。2014年(平成26年)4月1日に同法が改正され、旧函館市域を含む市全域が過疎地域に指定された[20]。人口減少は現在も続いており、市長工藤寿樹は「半世紀以上も斜陽都市と言われてきた」と嘆いている[19]

Demography01202.svg
函館市と全国の年齢別人口分布(2005年) 函館市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 函館市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
函館市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

消滅集落

2015年国勢調査によれば、以下の集落は調査時点で人口0人の消滅集落となっている[21]

  • 函館市 - 日和山町、吉畑町、丸山町、小安山町、函館山、水面調査区、水元町、亀田大森町、寅沢町、三森町、浅野町

歴史

箱館湾海戦の図
1891年の函館港風景
1930年頃の函館港

古来函館は、日本が進出するまでは、先住民の先住地であった。縄文時代には7千年に渡り独自の文化が栄え、続縄文時代前期にはオホーツク海側の宇津内文化等とは異なる「恵山文化」が渡島半島から石狩低地帯(石狩平野勇払平野を合わせた範囲)まで広っていた。現在の函館市はその恵山文化のなかでも縄文系弥生文化に属する(大陸系弥生文化ではない)東北北部の弥生文化が広がった。たとえば続縄文時代碧玉管玉の出土はその例である[22]

箱館は天然の良港で、江戸時代から松前、江差とともに「松前三港」または「蝦夷三湊」と和人に呼ばれたところで[23]、海産物交易の集積地として栄えてきた[23]寛政11年(1799年)、江戸幕府ロシア帝国南下政策に対して蝦夷地直轄領とし、箱館に奉行所が置かれることになった[23]

安政元年(1854年)、日米和親条約の締結により幕府は箱館と下田の開港を決定、安政6年(1859年)には長崎、横浜とともに日本国内初となる対外貿易港として開港した[23]。当初は箱館でも出島方式の外国人居留地が計画されたが、失敗に終わって市中に混在することになり[23]、それが異国情緒豊かな街並みとして残り、現在に至っている[23]。明治時代になると箱館から「函館」へ改称して開拓使函館支庁が置かれ、函館県庁、北海道函館支庁と変遷していき、周辺には外国公館や公会堂が建ち並んでいった[23]

函館のまちはしばしば大火に見舞われているが[24]1878年(明治11年)と1879年(明治12年)に起こった大火による復興のための市区改正事業により、幅員20間の防火線街路として二十間坂と基坂を拡幅し、幅員6間や12間の街路が直通して矩形の街路が誕生した[23]1907年(明治40年)、1921年(大正10年)大火後の復興では、1階が和風建築で2階が洋風建築の和洋折衷建築が多く建てられ、函館の特徴的な景観になっている[25]

1905年(明治38年)に調印されたポーツマス条約によって日本が北緯50度以南の樺太を獲得し、ロシア帝国が日本海オホーツク海ベーリング海漁業権を許与すると[26]、昭和の戦前期にかけて北洋漁業の基地として最盛期を迎えた[26]終戦直後から1952年(昭和27年)まで北洋漁業ができなかったが、その間にイカ釣り漁と水産物加工業が台頭した[27][28]

北洋漁業の将来に不安のあった函館市は「工業生産都市」への転換を計ろうとするが[29]オイルショックによって「工業都市化」や「経済開発」重視から市民の「生活環境」重視へと転換していった[29]。特に、函館山の自然保護と歴史的環境を活用した観光政策に大きな力を注いでいった[29]。また、函館の地域特性を活かすため、2003年(平成15年)に「函館国際水産・海洋都市構想」を策定[30]、「マリン・フロンティア科学技術研究特区」として構造改革特別区域に認定されるなど、産学官の連携強化による新たな都市形成を目指している[31]

略年表

「函館市の概要」「函館市紹介」「函館市の歴史」参照[9][32][33]

有史来