いばらきけん
茨城県
Fukuroda Falls 38.jpg
茨城県の旗
茨城県旗
日本の旗 日本
地方 関東地方
団体コード 08000-4
ISO 3166-2:JP JP-08
面積 6,097.19km2
総人口 2,871,199
推計人口、2019年6月1日)
人口密度 471人/km2
隣接都道府県 福島県栃木県埼玉県千葉県
県の木 ウメ
県の花 バラ
県の鳥 ヒバリ
他のシンボル 県のさかな:ヒラメ1995年平成7年)6月19日指定[1]
県民の歌:茨城県民の歌
県民体操:茨城県民体操
茨城県庁
知事 大井川和彦
法人番号 2000020080004
所在地 310-8555
茨城県水戸市笠原町978番地6
北緯36度20分30.2秒東経140度26分48.6秒
茨城県庁
外部リンク 茨城県
茨城県の位置

茨城県行政区画図

― 市 / ― 町 / ― 村

ウィキポータル 日本の都道府県/茨城県
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茨城県(いばらきけん)は、日本の行政区画及び地方公共団体関東地方の北東に位置し、東は太平洋に面する。県庁所在地及び最大の都市は水戸市都道府県人口は全国11位、面積は全国24位である。

概要

茨城県は、関東地方の北東部に位置する県で、元の常陸国全域と、明治期に千葉県から移管された下総国猿島郡結城郡豊田郡岡田郡の全域および相馬郡葛飾郡香取郡の一部から成り立っている。県の人口は2,871,199人(2019年6月1日)で、日本の総人口の約2.3%を占めており、静岡県に次いで全国第11位。政令指定都市を持たない県では最も人口が多いが、人口30万人以上の都市は存在しない[2]。面積は6,094km2霞ヶ浦北浦牛久沼涸沼などを含めない場合は5,874.20km2)で、国土の約1.6%を占める。県内の市町村数は44で、うち市は32、郡は7で、その下に10の町と2の村がある。2008年度の県内総生産は11兆5157億円[3]

県北部は日立市ひたちなか市で工業化が進み、太平洋八溝山地のある緑豊かな地域を形成する。県中央部は水戸市に県庁が置かれ、小美玉市茨城空港がある。県東部の鹿嶋市神栖市では鹿島臨海工業地帯を形成し、工業化が進んでいる。県西部は関東平野の中央部にあたる農業を中心とした内陸の地域となっている。県南部は、筑波研究学園都市が整備され、JR常磐線関東鉄道常総線首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス沿線では東京特別区ベッドタウンとしての開発が進められた地域となっている。

名称

由来

県名に使用される「茨城」は、国郡里制時代に置かれた茨城郡に由来するものである。「茨城」の名称自体は『常陸国風土記』まで遡るもので、同記序文には常陸国成立以前に置かれた6つのクニ(新治筑波茨城那賀久慈多珂)の1つとして見える。常陸国成立に際して、この茨城国を踏襲して成立したのが茨城郡であるとされる[4]

『常陸国風土記』の茨城郡条では、「茨城」の名称の由来として次の2つの説話が挙げられている。1つは、朝廷から派遣された大臣(多氏)一族の黒坂命が、先住民の賊を茨棘を用いて滅ぼしたというものである。またもう1つの説話では、黒坂命が人々を悪賊から守るため、茨で城を築いたという。これらは、いずれもヤマト政権の勢力拡大を英雄に仮託した起源説話としてよく見られるものであり、実際の起源については詳らかでない。以上の説話を別として「(いばら/うばら)の生えた地域」を指した呼称と見る説もある[4]

なお『和名抄』によれば、この茨城郡内には特に「茨城郷」が存在している。この茨城郷の比定地は石岡市茨城(ばらき)とする説が有力で、同地は常陸国の古国府や茨城郡の郡家も置かれたと推定される政治的中心地でもある。また付近の茨城廃寺跡(ばらきはいじあと)からは「茨木寺」の墨書を持つ土器が出土しており、「茨城」が古くは「茨木」とも記されたことが知られる[4]

明治維新後、藩県併置時代や廃藩置県の当初の段階では「茨城県」は設置されていなかった。その後すぐ行われた諸県の統合に際して、水戸・松岡・宍戸・笠間・下館・下妻の6県を主体として茨城県が成立したのが県名としての始まりとなる。これは水戸の属した茨城郡を県名に採用したことによるが、「水戸県」とならなかったのは水戸藩の新政府への貢献度が認められなかったためとされる。なお、水戸周辺は律令制時代には茨城郡でなく那珂郡に属したが、太閤検地の時に茨城郡に移管されている[4]

なお「茨城県」の「茨」の字は都道府県としては唯一、表外漢字字体であった(「茨」の部分は「次」ではなく「二欠」が正しい)[注 1]が、2010年の常用漢字改訂により常用漢字となっている。

読み

県名の「茨城」は、現在「いばらき」と読まれる(大阪府茨木市と同じ)。茨木市と同様にしばしば「いばらぎ」と誤読されがちである[5](同じく県名に「城」が含まれる宮城県は、連濁により濁音となる)。歴史的な読みとしては、前身の茨城郡について『和名抄』では「牟波良岐」[6]、『常陸国風土記』の天保10年(1839年)刊本では「うばらき」と読み仮名が振られる[4]。現在の読み「いばらき」は、この「うばらき」が転訛したものになる。

地理・地域

茨城県の主要地形
主要河川

地方区分としては、関東地方首都圏北関東東関東東京圏などに分類される。東は太平洋となっており、北は福島県東北地方)、西は栃木県および埼玉県、南は千葉県と接する。

県の面積は全国24位だが、平地に富むことから、可住地面積[注 2]では全国4位となる[8]

大地形

山岳地形
県の北側3分の1は山岳地帯になっている。ここは東北地方から茨城県北部にかけての太平洋側に連なる阿武隈山地(阿武隈高地)の南端に相当する。一帯は那珂川久慈川などの河川による開析が進んでおり、那珂川と久慈川に挟まれた地域を八溝山地、久慈川と里川(久慈川支流)に挟まれた地域を久慈山地、里川の東側を多賀山地[9]と呼んでいる[10]
八溝山地は県の北西部を南北に縦走し、栃木県との県境になっている。この北西端には県内最高峰の八溝山(標高1022メートル)は福島県・茨城県・栃木県の県境になっている。八溝山地を侵食して東西に流れる河川を境にして、いくつかの山塊に区別することもあり、押川(久慈川支流)を南限とする八溝山塊、那珂川を南限とする鷲ノ子(とりのこ)山塊、JR東日本水戸線が走る低地を南限とする鶏足(とりあし)山塊などと呼ばれる。なお、これに筑波山加波山を中心とする筑波山地(筑波山塊、筑波連山)を八溝山地に含める場合もある[10]
久慈山地は西の久慈川、東の里川(久慈川の支流)に挟まれている。この山地は北へいくほど東西の幅が狭くて標高が高いので、険しい。その北部を東西に短絡する月居峠[注 3]は古くから交通の要衝とみなされていた。この峠下には袋田の滝があり、県を代表する観光地になっている。この山地の主峰は男体山(標高653.7メートル)[10]
多賀山地は北へ行くほど幅が広く、なだらかな高原地形になっている。分水嶺は西側の里川に寄って偏っており、東側には大北川、花貫川、十王川(梁津川)などが入り込んで渓谷を作っている[10]
水系
県内を流れる一級河川には利根川那珂川久慈川があり、いずれも太平洋(鹿島灘)に注いでいる。
主要な河川として、利根川水系の支流鬼怒川小貝川が県西部を北から南へ流れている[8]。これらが合流する利根川の下流域は、古代には香取海と呼ばれる内海が形成されており、霞ヶ浦などはその名残と考えられている。なお、霞ヶ浦は西浦、北浦、外浪逆浦などに区分される場合もある[注 4]。このほか県内には牛久沼涸沼などの淡水湖沼がある[8]
利根川水系の主な支流には、鬼怒川、小貝川のほか、新利根川桜川。このほか江戸川中川権現堂川は茨城県と千葉県・埼玉県の県境の一部に、渡良瀬川は茨城県と栃木県の県境の一部になっている。
二級河川としては、大北川十王川などがある。詳細は茨城県の二級水系一覧参照。
平野部
県の中部から南部は関東平野の一部になっている。一帯を常総平野と呼ぶ場合もある[8]。また、阿武隈山地よりも南側の茨城全域を常陸台地と呼び、千葉県北部の下総台地も含めて常総台地と総称することもある。久慈川、那珂川、利根川の各支流など、常総台地を流れる河川を境としてさらに細かい台地に区分する場合もある[11]
このほか、筑波山地の東部を八郷盆地(旧八郷町、現在の石岡市の一部)と呼ぶ場合もある。
その他の主要地形